大栗川通信

元記者でマーケターになった中年男「サパロメ」が、本や映画(アニメ、テレビ)や家電のレビュー、育児やブログ運営、ダイエットなどについて雑記をつづります

戦争時代の健気な命から「幸せとは」問う「この世界の片隅に」

 「君の名は。」に味をしめた三匹のおっさんが二匹目のドジョウを狙って敢行した映画鑑賞会(関連記事『新しくないのに新しい超新鮮で感動的な恋愛物語「君の名は。」』)。「流行っている映画は絶対に泣ける!」と、今話題の「この世界の片隅に」をバスタオル片手にキャッキャッしつつ見に逝ってきました。

昭和20年に近づく小さな幸せ

 戦時中の広島市江波。絵が得意な少女「浦野すず」は、両親と兄妹の5人家族で、幼馴染の青年「水原」への淡い恋心などを抱きつつ、貧しいながらも幸せな日々を送っていました。

 18歳に成長したすずに、突然、縁談の話が舞い込みます。わけも分からないまま話は進み、すずは顔も知らない、行ったこともない軍港の街、広島の呉の北條家へ嫁ぐことになりました。

 優しい夫とその両親の一方、義姉は厳しく、つらく当たられることもしばしば。それでもすずは、義姉の娘の晴美と姉妹のように仲良くしながら、配給物資が少ない中でさまざまな工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描いたりしながら、毎日のくらしを積み重ねていきます。

 いつしかすずは、北條家の一員として欠かせない存在となっていました。そんな小さな幸せが育まれていく中、日本は敗戦に向かって突き進んでいき、とうとう、広島は昭和20年の夏を迎えようとしていました。

見る者引き込む緻密な描写

 冒頭、幼い雰囲気のキャラクターデザインが目に付き、すずの本編なのか想像なのかが分かりづらい唐突な妄想(特にラスト部分はミスリードするとギョッとするかと思います…)に少し戸惑いましたが、緻密に描かれる昭和初期の日本、その時代の少女の健気な日常と生活の物語に引き込まれ、気が付いたらすぐに夢中になっていました。

 この物語で魅力的なのは、静かに、主張せずに、「幸せとは何か」を問いかけてくるところです。相手の顔も知らず、土地感もない場所へ嫁ぐことなど、今の時代にはありえないことでしょう。それでも、そのことを恨まず、前向きに、今を懸命に生きるすずの姿に、心打たれます。

置かれた場所で、本気で

 思い起こしたのは、2つの書籍です。まずは少し前にベストセラーになった『置かれた場所で咲きなさい』。時代や誰かのせいにしたり、自分を責めたりしても、何も変わりません。できることは、その場所で、今の自分で、目の前の今を懸命に生き、自分で自分の幸せを掴もうとする以外、幸せを感じるすべはないことを説いた書籍です。

置かれた場所で咲きなさい

置かれた場所で咲きなさい

 もう一つは、『本気で生きる以外に人生を楽しくする方法があったら教えてくれ』。幸せが「楽しい人生」であるとしたら、それは「本気で生きる」以外に方法がないことを、何かを求めてあらゆることから逃げ、果ては国外逃亡、その後の苦難の海外生活などの経験を通じて、「本気」の重要性を説いたソウルフルな作品です。

 本作にはそんなソウルフルな印象はほぼないですが、置かれた場所で、本気で生き抜くことで、徐々に幸せを見出していくすずに、上記2作品の骨子が見え隠れしたと感じました。その様子を、大げさな演出をせず、あくまで当時の日常を緻密に描くことで表現しているところに、この作品の「凄み」があるのではないでしょうか。

 そんなすずと周辺の決して特別ではない、この世界の片隅にある小さな幸せが、戦争という時代背景の中で簡単に、残酷に奪われていくところに、幸せの儚さと有難さが暗に表現されていました。

見えざる幸せのための役割

 ネタバレになるので詳しく書きませんが、いつもぼんやりしているすずが、ただただぼんやりしていたわけではないと感じる場面が、後半に数カ所出てきます。某有名映画監督は、この映画を「すずがぼんやりしていて殴りたかった」とコメントしたようですが、果たして本当にそうなのでしょうか?個人的には、すずがぼんやりしているように見えた、あるいはそう感じるキャラクターであったのは、周りの幸せを慮った役割を演じていたためなのではないかと、感じずにはいられません。

 自分自身が、そして周りが幸せになるために、ただただ今を懸命に生きたすず。そんな自分の役割が揺らいだ瞬間、そんな自分の努力が何だったのかを問われた瞬間、その時に珍しくすずが本音を吐露する描写は、この作品の魅力の一つなのではないでしょうか。詳しくは本編を見ていただきたいですが、名詩集『星とたんぽぽ』の一節「昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ。見えぬものでもあるんだよ」を思い起こしました。

ほしとたんぽぽ

ほしとたんぽぽ

「劇場アニメイヤー」が影響?

 ということで、色々と考えさせられた「この世界の片隅に」。本作が名作であることに変わりはないと思うのですが、ネット上での異様なほどの人気、立ち見も出ているほどの熱狂(公開している劇場が少ないこともあるようですが…)には、正直、「なぜ?」とも思ってしまいます。どちらかというと、熱狂して波及していく作品というよりかは、静かに伝わっていく作品という印象があったためです。

 おそらく、今年は「シン・ゴジラ」「君の名は。」と劇場アニメの大当たり年だったので、劇場アニメに対する熱狂がネットを中心に生まれて、地味だけど骨太の本作が、次の話題として取り上げられている、という感じなんすかね?それとも、反グローバリズムや反資本主義の流れの中で、「幸せとは」の問題提起に幅広い関心が集まっているんですかね。

 ということで、「シベリア超特急」のような派手さはなくとも、考えさせる良作をお探しの方には、とてもオススメの作品です。ちなみに、筆者含めた三匹のおっさんは鑑賞後、健気なすずを酒の肴に、コストコで買ってきた特大ピザとビールで盛り上がらせていただきました。いやー、映画とコストコって本当にいいもんですね。

シベリア超特急 劇場公開完全版 [DVD]

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